研究内容のやさしい解説その3:これまでどんな研究をしてきたのでしょう?



3−1.光電子分光で何が分かるの?


 いよいよクライマックスに近づいてきました。まずここで「光電子スペクトル」がどんな感じなのかを説明しましょう。固体中の電子には、これまで説明したように(って実は建設中ですが)大別して、ある原子核(ある原子、サイト)のまわりのみをまわっている「内殻電子」と固体全体、あるいは幾つかの原子の間を動き回っている「価電子」の2種類があります。当然観測される光電子スペクトルも内殻電子をたたき出した「内殻光電子スペクトル」と価電子をたたき出した「価電子帯光電子スペクトル」の2種類があります。

 内殻スペクトルでは、物質中に含まれる原子のまわりをまわっていた電子を観測する訳ですが、この電子の結合エネルギーというのは「元々どの原子の、どんな電子軌道をまわっていたのか」でほぼ決まります。ですから、逆に「どの結合エネルギーに光電子スペクトルのピークが出るか」で「この物質にはどんな元素が入っているのか」が分かります。これが光電子分光の一つの活用法と言えます。しかし、私たちの研究室で測定する物質というのは、あらかじめどんな元素が含まれているかは分かっているので、「何が入っているか調べる」という使い方は殆どしません。せいぜい「変な不純物が入っていないか? 表面が酸化していないかどうか?」をみる為に不純物として入っている事がある炭素(C)や酸化すると必ずシグナルが見える酸素(O)の電子軌道のエネルギー領域をチェックするという程度です。
 実は内殻スペクトルは、さらに積極的な活用も可能です。
ある内殻電子のピーク形状がどうなっているのか、という「形状解析」を行うことで、あるイオンが何価のイオンになっているか、あるいは何価と何価のイオンが混在しているか、という事が分かります。また、内殻電子といえども幾つかの原子、イオン間をある程度行き来して空間的に広い範囲を動き回っている価電子の影響を受けますので、「この元素、イオンの価電子はどの程度隣りの元素の電子と混じりあっているのか」という事も分かります。ここでは大体1〜数電子ボルトのエネルギースケールの物理が議論されます。

 次に価電子帯スペクトルですが、この価電子というのはこの物質の性質(物性)を直接左右する電子です。この価電子帯というのはエネルギー領域にして、物質中にある電子のうち最もエネルギーの高いところ(金属ではこれがフェルミ準位に相当し、よくEFで表します)から10電子ボルト程度です。この領域の光電子スペクトルは、本当に物質により様々で、例え同じ元素が入っていてもスペクトル形状が大きく異なる事も珍しくありません。いってみれば価電子帯光電子スペクトルというのは「最も物質の個性を反映した」ものになります。このスペクトル形状を解析することで、価電子が物質全体によく広がってバンド的になっているのか、それとも割と孤立(局在)した感じになっているのか、というのが(時には定量的に)分かります。

 この価電子帯スペクトルをエネルギーの精度を上げて測定し、さらに詳しく見ていくと、最もエネルギーの高い電子についての情報が得られます。実は物質の電気抵抗とか比熱とかいった物理量はこの「最もエネルギーの高い電子(フェルミ準位上(あるいはその近傍)の電子)」の数が多いか少ないかで決まります。先ほど「最も物質の個性を反映した」価電子帯光電子スペクトルと書きましたが、ことフェルミ準位近傍の電子状態という事になりますと、「物質にどんな元素が含まれるか」よりも「物質が金属か絶縁体か」で区別されます。ここでフェルミ準位近傍の光電子スペクトルについて典型的な模式図を上に示しました。金属のスペクトルでは上の赤い形状になります。大きな特徴は

「フェルミ準位のところ(結合エネルギー)でスペクトル強度が突然0になる」

というところにあります。これは、「電子がフェルミ準位よりもほんのちょっとだけ高いエネルギーを持ちうるのだけど、電子の数は有限で、きっちりエネルギーの低い順に詰まっていたほうが安定である」ことを示しており、熱的な、あるいは電気的に外からエネルギーを加えてやることで、電子は物質中を動き回る、すなわち金属であるという訳です。これに対して絶縁体、半導体のスペクトルでは、フェルミ準位でのスペクトル強度が0になります。これは絶縁体に特有の「エネルギーギャップ」が開いている事を示しています。また超伝導体では、まだそれほど多くの実験例がある訳ではないのですが、「超伝導ギャップ」が開いたスペクトルになると考えられています。
 私たちが研究対象としている物質では、上記のようによく分かっている物質ではなく、「金属なんだけど電気抵抗が大きい」「温度を変えると金属から絶縁体に変化してしまう」「電気抵抗をみると半導体的なんだけど、電子の振舞いは明らかにSiなどの典型的な半導体とは違う」といったようなものです。それらを
光電子分光を通して、その性質、電子状態(物性)を明らかにする、という事を目的として研究を進めています。




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