励起光依存軟X線角度分解光電子分光による
固体電子構造の3次元的可視化手法の開発:

磁性転移を示すCe化合物の高温常磁性相における3次元電子構造解明

(SPring-8/JASRIの室隆桂之氏及び阪大理の大貫先生のグループとの共同研究です)
Physical Review Letters vol. 98, 036405 (2007).

  

 私たちは従来の角度分解光電子分光の技術を改良し、軟X線角度分解光電子分光による物質内部の電子構造を3次元的に解明・可視化という新たな実験手法を開発しました。そして従来の実験では観測困難だった、磁性転移を示すCeRu2Ge2の「高温」常磁性相における電子構造の3次元的な解明に成功しました。


はじめに:研究の背景

 固体の性質、例えばどれだけ電気を流しやすいかなどの多くの性質は固体結晶中の電子の振る舞いによって決まります。電子は固体中を常に動き回っていますので、「いつどこにどれだけの量の電子があるか」という情報より「電子がどんな速度とエネルギーを持って動いているのか」という情報、つまり電子の運動量とエネルギーの関係を知る事の方が固体の性質解明には重要になってきます。金属の場合特に電気伝導を直接担う電子の運動量分布(フェルミ面)がどうなっているかを調べる事が重要です。

 固体内部のフェルミ面を実験的に知る方法としては、量子振動測定と呼ばれる実験が知られていますが、この方法は欠陥が殆どない極めて高純度の大きな単結晶を必要とし、かつ数K以下の低温環境が必要とするといった困難がありました。これを克服する他の実験手法として電子の運動量とエネルギーの関係(バンド分散)を直接観測する
角度分解光電子分光がありますが、従来この実験は100電子ボルト程度以下の低エネルギー、波長にして12 nm程度以上の光を使った実験が主に行われていました。しかしそれでもこの実験では得られる結果が固体内部ではなく主に固体表面の電子の振る舞いを反映するという欠点があります。その為表面のフェルミ面を調べるのには強力ですが、固体内部の電子構造を調べる上では困難がつきまとっていました。また、電子は3次元的に動き回るので運動量分布も3次元的に調べる必要がありますが、従来の低エネルギー角度分解光電子分光ではそれが困難でした。(低エネルギー光電子分光の表面敏感性についてはこちらもご覧下さい。)


励起光依存軟X線角度分解光電子分光とCe化合物の3次元電子構造解明

 私達は従来の困難を克服する為に、エネルギーにして400-1000電子ボルト、波長にして1.2-3 nmの高精度に単色光化された高エネルギー軟X線を固体に照射する角度分解光電子分光実験を、単色光化された光の波長を少しずつ系統的に変化させながら行う(図1)ことでフェルミ面を3次元的に観測・可視化するという方法を開発しました。この方法は従来の手法に比べて

・低温だけでなく数百Kまでの高温でフェルミ面観測が可能

・表面からの信号強度を抑制し、固体内部から出てきた電子を観測(図2)

・フェルミ面を3次元的に可視化(直接観測)することが可能

という特長があります。この実験は波長を自由に変えられる高精度かつ高輝度軟X線を必要としますので、
大型放射光施設SPring-8の軟X線ビームラインBL25SUで行いました。

今回の研究では、あまり自由には動き回ることが出来ないでかつ大きな磁気モーメントを持つ4f電子と自由に動き回れる電子の両方が共存する希土類化合物CeRu2Ge2に対して軟X線角度分解光電子分光実験を行いました。この物質は常圧下約8 K以下で磁石のようになり(強磁性)、その状態のフェルミ面は量子振動測定で観測されていましたが、常圧下8 K以上で「消磁」された(常磁性)状態のフェルミ面は未解明でした。今回の20 Kで測定した実験で、固体内部のフェルミ面を横に切った断面図と縦に切った断面図が図3のように得られ、磁石でなくなった状態のフェルミ面が図4のようになっている事が判明しました。今回得られたフェルミ面は磁石になった状態のそれと比べると1個フェルミ面が少なくなり、かつ他の1つのフェルミ面が縦長に細く伸びてところどころくびれた筒状に変形していることが分かりました。



今後の発展

 今回新たに開発され、その有効性が実証された固体内部の3次元的電子構造可視化技術は、さまざまな単結晶試料に対して適用できます。例えば発見から20年がたちながらまだその機構が未解明な高温超伝導体は層状な結晶構造を持つためその電子構造が2次元的と考えられていますが、この物質の内部では本当に電子構造が2次元的なのか、それともわずかに3次元的なのかが本手法で解明できることが期待できます。この電子構造の完全な解明が高温超伝導機構解明の糸口となるかもしれません。また、温度が変わると相転移を起こして電子状態が変わる物質では、これまでは高温の電子構造がはっきりしなかったわけですが、それが実験的に分かるようになることも多いに期待できます。日本発のこの実験手法はすでに日本だけでなく世界的にも注目されはじめ、実際に計画中の所もあります。同様の実験が近い将来世界中で展開され、今後の物質・材料科学の発展に大きく寄与していくものと思われます。

 


Akira Sekiyama