固体中の異方的電荷分布を決定し可視化する世界初の研究手法を開発:
脱レアアースなど新機能材料開発への応用にも期待

(理化学研究所放射光科学総合研究センターの玉作賢治専任研究員、茨城大学理学部の伊賀文俊教授、
立命館大学理工学部の今田真教授、広島大学先端物質科学研究科の田中新准教授、
摂南大学理工学部の東谷篤志准教授との共同研究です)
Journal of the Physical Society of Japan vol. 83, 123702 (2014).この論文はここから無料で読めます
Journal of the Physical Society of Japan vol. 84, 073705 (2015).この論文はここから無料で読めます

  

 私たちは大型放射光施設SPring-8でX線を照射して光電子のエネルギーと方向を測定する角度分解内殻光電子分光によって、局在的な不完全殻電子軌道を有する固体内での球対称からずれた異方的電荷分布を完全決定することに成功し、これまで測定困難だった現実の立方晶希土類(レアアース)化合物における局在的な電子の空間的な広がりかた(電荷分布)を決定できました。 この手法は今後、機能性材料開発にむけ、脱レアアース磁性材料の開発やグリーンイノベーションにむけた材料開発への応用など、様々な物質の異方的電荷分布決定に応用されることが期待できます。


はじめに:研究の背景

 電子が完全に満たされていない局在性の強い不完全殻*1を有する固体では、不完全殻の占有軌道対称性*2に起因した異方的電荷分布*2が物質の有する機能の重要な鍵となることがあります。例えば、ビスマス系などの銅酸化物高温超伝導体ではキャリアを形成する軌道が球対称ではなく、伝導面に広がり絶縁層ブロックに伸びない異方的な軌道であることが高温超伝導現象の基礎となっています。電子がより動きにくい不完全殻を持つ希土類(レアアース)化合物でも、磁気/多重極秩序・超伝導などの形成といった様々な物性を示すことが知られています。これらの物性解明には、固有状態における最低のエネルギーの状態(基底状態)における占有軌道対称性から決定される球対称からずれた電子の空間的な広がりかた(異方的電荷分布)を知ることが大変重要ですが、それを実際に決定するのは困難が多かったのが現状でした。


内殻光電子線二色性の発見と強相関Yb3+ 異方的4f電荷分布の決定

 私達は 固体内で動きにくい電子を有するイオンからの内殻光電子*3スペクトル形状が線二色性*4と角度依存性を持ち、かつ、それから異方的電荷分布を決定できることを発見しました。物質に照射した単色光によって生成された光電子の運動エネルギーを測定して物質内部の電子状態を知る光電子分光(図1)では、入射光の偏光ベクトルと観測する光電子の方向でスペクトルに違い(線二色性)の出ることが分かりました。図2に例として立方対称中のイッテルビウム3価(Yb3+)イオンに対する内殻光電子スペクトル線二色性の計算結果と対応した異方的4f電荷分布を示します。立方対称Yb3+において4f準位は、1個の4fホールが結晶軸<100>方向に伸びたΓ6状態、結晶軸を完全に避ける<111>方向に伸びたΓ7状態、<110>方向に伸びたΓ8状態に分裂するがどれが基底状態になるかは全く自明ではありません。このような現象は理論的には考えられてしかるべきだったのですが、これまでこのような予測は世界的にも全くされていませんでした。

 私達はこの発見をもとに、研究手法を立方晶YbB12に適用し、基底状態における異方的電荷分布の解明に成功しました。YbB12は温度を下げることで金属から絶縁体へ変化する近藤半導体として知られ、物質の内部は絶縁体ながら表面は電気を通すトポロジカル絶縁体の候補としても近年注目を集めています。その基底状態はかねてより4重縮退であると考えられΓ8状態が有力でしたが、Γ6状態とΓ7状態の偶然縮退した状態が基底である可能性も否定しきれていませんでした。今回の研究では、2枚のダイヤモンド単結晶を用いて硬X線の偏光を制御する技術と角度分解光電子分光法を組み合わせた新研究手法を大型放射光施設SPring-8*5理研ビームラインBL19LXUで開発して実験に成功しました。図3(a,b)にYbB12の角度分解Yb3+内殻光電子スペクトル線二色性の測定結果を示します。この測定結果から多重項構造とよばれる複数のピークで小さいが有為な線二色性の観測に成功し、光電子放出方向が[100]方向(軸と平行な方向)と[111]方向(立方体の対角線方向)の場合で線二色性の符号が反転することも見出しました。Γ8基底状態を仮定した理論計算は実験結果をよく再現し、Yb3+基底状態がΓ6状態とΓ7状態の偶然縮退ではなくΓ8状態にあることが解明でました。この研究で決定されたΓ8電荷分布(図3(c))をYbB12の結晶構造(図3(d))と比較すると、この電荷はYbイオンを囲むBイオンが作る六角形の辺上に伸びていることがわかります。


本研究成果の意義

 今回の研究では局在的な不完全殻を有するYb3+イオンに対して行われましたが、ここで開発された研究手法は原理的には局在不完全殻を有する全ての単結晶物質に対して有効です。今後、この新たな研究手法を他の物質に用いることで、例えば脱レアアース磁性材料の開発やより高い転移温度を示す高温超伝導体の開発といった機能性材料開発の加速、グリーンイノベーションにむけた材料開発への応用なども期待できます。


用語解説

*1不完全殻:原子や固体中に束縛された電子は、量子力学の法則に従って決まった原子軌道を動き回りますが、そのような原子軌道としてs軌道、p軌道、d軌道、f軌道というものがあります。これに1以上の整数をたして、原子軌道は通常エネルギーの低い順に1s, 2s, 2p, 3s, 3p, 3d, 4s, 4p, 4d, 4f, 5s, 5p, 5d, ...となっています(原子によって一部違いあり)が、1つのs軌道には電子は2個まで、p軌道には6個まで、d軌道には10個まで、f軌道には14個まで電子が占有することができます。このうち、原子中で最もエネルギーが高く部分的にしか電子に占有されていない軌道を不完全殻とよびます。

*2占有軌道対称性、異方的電荷分布:*1で説明した原子軌道への電子の占有状態で決まる原子の中心(原子核)を原点とした対称性と、電子の作る空間的な電荷分布のことです。原子軌道のうちs軌道は球対称ですがp軌道、d軌道、f軌道では球対称からずれて方向性を持ちます。有機分子やケイ素(シリコン)、ダイヤモンドなど共有結合する原子ではs軌道とp軌道が混ざり合った混成軌道は高校の化学でも学びます。この時に、例えば結晶軸に向いた方向の軌道に電子が占有されるのか、結晶軸を避ける方向に広がった軌道に電子が占有されるのかによって対称性と電荷分布が決まります。磁石や超伝導の原因になりやすいd軌道やf軌道のうち、d軌道の異方的電荷分布は決定しやすいこともありますが、現実の物質でf軌道の電荷分布を決定するのは容易ではなく、個々の物質におけるf軌道電荷分布の決定それ自身が今なお研究テーマの1つになっています。

*3内殻光電子:*1で説明した原子軌道とは別に固体結晶中では電子は「個々の原子核に強く束縛された状態にある電子(図3中の濃い青丸)」と「固体の中をある程度動き回る、あるいは原子と原子の間で飛び移ることができる電子(図3中の赤丸)」の2種類に分類することができ、前者を内殻電子、後者を価電子/伝導電子と呼びます。内殻光電子とは光電子分光実験の際に内殻電子から光電子として固体外部に飛び出したものです。また、スペクトルとは光や電子などの観測強度をエネルギーで分解した「強度のエネルギー分布」のことです。

*4線二色性:光を使った測定を行うときに、入射電磁波の電場が図5のように一方向に偏ったものを直線偏光とよびます。直線偏光を用いた実験において電場の向きが例えば水平方向なのか垂直方向なのかによって結果が異なることがあります。その結果(観測された強度)の差を線二色性とよびます。最もありふれた例としては偏光サングラスにおいてサングラスを通常通りに目にかけたときと、90°回転させてのぞいたときとでは水面で反射された光の強さが変わるということがあります。また、直線偏光に偏光板を通すと、ある角度では透過性が高かったのが、そこから90°まわすと全く透過しない事が知られていますが、これも線二色性の一つです。

*5大型放射光施設SPring-8:兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は理研および高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring - 8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、絞られた強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。

 

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Akira Sekiyama