研究内容のやさしい解説その1:光電子分光とはどんな実験でしょう?


1−3.実際の光電子スペクトルの例

1-3-1. 内殻光電子スペクトル

 それでは「光電子スペクトルっていうのは実際にはどんなものなのか」という事を実際例で簡単に説明します。図7は金(Au: 原子番号79)の光電子スペクトルです。

この図を眺めてみると、幾つかの力学的エネルギーのところにぽつぽつとピークがありますが、これは金の原子核のまわりを回っている電子達がそれぞれピークとなる力学的エネルギーを元々持っていた、という事を示しています。すでに学んでいるかもしれませんが、原子の中の電子は、むやみやたらと動き回っているのではなく、ある決まった軌道を走り、その力学的エネルギーは連続的な値をとらず、とびとびの離散的な値をとります。金の光電子スペクトルはその事を示しているのです。また、離散的な原子軌道は金の場合エネルギーの低い順に

1s, 2s, 2p, 3s, 3p, 3d, 4s, 4p, 4d, 5s, 4f, 5p, 5d, 6s 軌道

となりますが、ここでは4s 軌道より高いエネルギーを持つ軌道の電子を「見ている」事になります(5p, 6s 軌道はシグナルが弱くて見えていません。軌道の1,2,3,4...は、K殻、L殻、M殻、N殻にそれぞれ対応します)。さらに、同じ4p, 4d, 4f 軌道でもさらに「スピン−軌道相互作用」という効果によってエネルギーが分裂している事も分かります。ここで観測されたピークから、金の原子軌道のエネルギーが実験的に求められる訳ですが、この原子軌道のエネルギーは同じ軌道でも元素によって異なります。そうすると次のようなことが考えられませんか? 何か得体のしれない未知の物質をもってきて、光電子スペクトルを測定する。すると先の話とは逆に何本もあるピークのエネルギーを調べることで、未知の物質にどんな元素が入っているかが分かるのではないか? そうなのです、実はそういう事も可能なのです。

1-3-2. 価電子帯光電子スペクトル

 最後に別の光電子スペクトルの例を紹介します。前頁の図7は、力学的エネルギーが低い電子のスペクトルでした。これらは内殻光電子スペクトルと呼ばれるものでした。ここでは同じ物質内電子でも高いエネルギーをもった光電子スペクトルを紹介します。「電子は原子核のまわりをまわっている」と高校の物理や化学で聞いた事があるかもしれませんし、このテキストでもそういうイメージで説明してきました。しかしこのイメージは、固体内で一番位高いエネルギーを持つ電子については実は正しくありません。そのような電子達は固体中を自由に動き回ったり(金属において電気が流れるというのはこれらの電子が役割を果たしています)、元々いた(?)原子核のまわりと隣りの原子核の近くとを動き回っていたりしています。このような電子は程度の大小こそあれ固体内を動き回っているので、その電子を光でたたき出した光電子スペクトルは、図7のようなスペクトルとは違ったものになります。詳しい事は後日開設予定の「その2」で説明しますので、それまで待っていてください。

 図8に最近我々が測定した、Ce化合物のCe 4f 価電子帯光電子スペクトルを示します。Ce 4f 電子というのはCeイオンの中でもっともエネルギーの高い電子です。図8の黒丸は放射光施設
SPring-8で、白丸はつくばにある放射光施設Photon Factoryで実験したスペクトルです。特に黒丸のスペクトルに注目すると、2つの化合物でスペクトル形状が大きく異なる事が分かります。これはCe 4f 電子の性質が物質によって大きく変化している事に対応しています。このような実験から、物質の電子状態をより直接的に調べるという事が可能になるのです(白丸のスペクトルについては、よりこみいった説明が必要ですがここでは割愛します。後日開設予定のページに期待してください)。さらに興味のある人は(いささか専門的ですが)下記の参考文献などを手に取って勉強してみると良いでしょう。


参考文献

小林俊一編:「物性測定の進歩II」(シリーズ 物性物理の新展開、丸善、1996).

菅滋正・櫛田孝司編:「分光測定」(丸善実験物理学講座8、丸善、1999).

A. Sekiyama et al., Nature vol. 403, p. 396 (2000).



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