実際の光電子分光装置は図4のように、光電子の運動エネルギーを選別して計数する光電子分析器、試料を設置し軟X線や真空紫外線をあてる測定槽、試料の調整を行う試料準備槽から構成されています。あてる光の波長は、殺菌等に用いる紫外線よりもさらに短く、8〜700オングストローム(1オングストロームは1億分の1センチ)程度です。このような波長の光は大気中を通り抜ける事ができません。また、飛び出した光電子が測定槽、光電子分析器の中で気体分子等で散乱されては計測ができません。さらには試料表面が酸素分子等で酸化されていると固体中の電子状態をまともに反映した光電子スペクトルが測定できません。以上のような理由から、これらの装置の内部は必ず真空排気され、その気圧が10兆分の1気圧(10-8Pa)程度になるまで真空に引かなくてはいけません。ちなみに、この程度の気圧の状態を超高真空と呼びます。
試料に当てる光はどうなっているのでしょうか? 大学の実験室で測定する場合は、コンパクトな軟X線発生装置や真空紫外光源を使います。例えばX線管の肝心な部分は図5のようになっていまして、表面にMgやAlを塗った陽極とそこにあてる電子線を出すフィラメント(タングステンという原子等でできたワイヤー)から構成されます。陽極に10〜15キロボルトといった高電圧をかけておき、超高真空中でフィラメントを熱します。するとフィラメントから出た電子は陽極に引っ張られて、非常に高いエネルギーで陽極をたたきます。陽極中の原子は高いエネルギーの電子でたたかれると、原子中の力学的エネルギーの低い電子がはじかれます(これは光電効果とちょっと似ていますね)。そうすると図6のように、原子中のはじかれなかった、より力学的エネルギーの高い電子が空いてしまった軌道に落ち込み、その過程で力学的エネルギーの差を持つ光(X線)を放出するのです。このようなX線を特性X線と呼び、これを試料にあてる訳です。よく用いられるMg、Al陽極から発生するX線のエネルギーはそれぞれ1253.6電子ボルト
(2.008×10-16ジュール、波長にすると約10オングストローム)、1486.6電子ボルト (2.382×10-16ジュール、波長にすると約9オングストローム)です。
以上のような実験室光源だけでもそれなりに研究できるのですが、実験室光源には
という欠点があります。試料に当てる光のエネルギーが自由に変えられると、光電子分光の世界は思いも寄らぬ程様々な実験が可能になります。そしてそれを可能にしたのが「シンクロトロン放射光」というものです。シンクロトロン放射光、略して放射光というのは、光速に近いスピードで動く電子が磁石の近くを通ることでその軌道を曲げられる時に出す光で、太陽光とは比べ物にならないほど明るく、幅広い波長を持った光です。そのような光を利用して実験することも可能です。放射光を発生させるには大掛かりな装置が必要になり、世界中にいくつもの「放射光施設」があります。日本にもいくつかありますが、その中で最大にして最新の大型放射光施設が、時々新聞等でも紹介されている「SPring−8」(兵庫県西播磨地区にあります)です。私たちの研究室はSPring−8の光電子分光装置の建設に参加し、現在もよく実験に行っています。
光電子分析器とは光電子の運動エネルギーを選別するもので、選別するには磁場か電場を用いますが、光電子分光では殆どが電場を用いるタイプを使用します。その中でも幾つかのタイプがありますが、ここでは静電半球型エネルギー分析器を例にとります。これは先の図4の左側のようになっており、半径の違う「おわん」の形をした半円球が2つ並んでいる静電半球部とその前段にあって、試料の近くまで延びている「電子レンズ」からなります。試料から飛び出した光電子は、まず電子レンズに飛び込んで行きます。静電半球部の方では、外円球に低い電圧、内円球に高い電圧をかけると2つの半円球の間の空洞には静電場が生じ、飛び込んだ光電子は軌道を曲げられます。ある決まった運動エネルギーをもった光電子だけが半円球間の空洞を通り抜けるようにして、空洞の出口で光電子検出器で計数されるようにします。
これで光電子のエネルギーを分析・選別できる事は分かりましたが、実際には試料から飛び出した時の運動エネルギーで分析器の中を通すわけではありません。それをやってしまうと、運動エネルギーの高い光電子に対してエネルギー分解能が著しく悪くなってしまうのです。そこで電子レンズが役割を果たします。この電子レンズであらかじめ光電子をあらかじめ減速させてから半円球に通します。そして、光電子スペクトルは時々刻々光電子を減速させる為の電圧を変えていき、その度に光電子検出器に飛び込んだ電子数を計測することで測定されるのです。こうする事で、「横軸に光電子の運動エネルギー、縦軸にカウントした光電子の数」というグラフが作れることになり、これを「光電子スペクトル」というのです。現在では電圧の変化や信号の取り込みはパソコンで制御して自動測定を行うようになっています。
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