極低エネルギー光電子分光

 本装置は3種類の希ガス:キセノン(Xe : 8.4 eV)、クリプトン(Kr : 10.1 eV)、アルゴン(Ar : 11.8 eV)の放電管を用いた極低エネルギー光電子分光装置です。光源を使い分けることで光電子脱出深さを制御した測定を行うことができ、エネルギー分解能が最高3 meVと高分解能測定を行うことが可能となります。また、He循環型の冷却装置を用いて熱輻射対策を施すことで最低温度5 K未満まで測定試料を冷却することができます。この装置とX線光電子分光装置と組み合わせることで強相関電子系における超伝導や近藤効果といった低温物性の解明を遂行していきます。

■仕様
電子分光器: SCIENTA SES2002 (スウェーデン・VG Scienta社)
励起光源: 8.4 eV Xe I, 10.1 eV Kr I, 11.8 eV Ar I (RF-excited MBS T-1 electron cyclotron resonance)
冷却機構: 4He循環式横型クライオスタット
■性能
エネルギー分解能: > 3 meV
角度分解能: >±0.1 deg.
最低到達温度: 5.0 K未満
温度制度: ±0.1度
測定時真空度: 1×10-8 Pa


■極低エネルギー光電子分光を用いた電子状態観測例
<強相関4f電子系半導体SmB6とYbB12のギャップ形成の違いの観測>
波動関数の性質上、局在性の高い4f電子は伝導電子と混成することで通称:重い電子状態として固体中を動き回ります。これにより超伝導や金属-絶縁体-半導体転移、価数揺動といった多種多様な物性を示します。SmB6とYbB12はともに価数揺動型の4f電子系半導体の典型物質と知られ、ある転移温度以下になるとフェルミ準位(EF)に非常に小さなギャップが形成されます。従来の光電子分光では表面の電子状態を観測するため、固体内部で発現される小さなギャップの観測ができませんでしたが、我々は高分解能極低エネルギー光電子分光を行うことでSmB6とYbB12のギャップの観測に成功しました。ギャップ形成や温度変化による形成過程が両物質によって全く異なるのは、EuやLuの置換量が12.5%でもYbB12ではギャップが潰れますが、SmB6では未だギャップが潰れておらずギャップの4fサイト置換による不安定性が異なることが原因であると考えられます。さらに、SmおよびYbをそれぞれEuとLuで置換することによってギャップが消失したのは固体内で周期的に配列していた4f電子構造の並進対称性が崩れ、それにともなうスピン状態が変化したためであると示唆されます。


J. Yamaguchi, A. Sekiyama, M. Y. Kimura, H. Sugiyama, Y. Tomida, G. Funabashi, S. Komori, T. Balashov, W. Wulfhekel, T. Ito, S. Kimura, A. Higashiya, K. Tamasaku, M. Yabashi, T. Ishikawa, S. Yeo, S-I. Lee, F. Iga, T. Takabatake and S. Suga, New J. Phys. 15. 043042 (2013).