硬X線光電子分光@SPring-8 BL19LXU

硬X線を用いた光電子分光の利点としては
・高い光子エネルギーを持つため、固体中で高い結合エネルギーを持つ電子の励起が可能
・電子の平均自由行程が長く、固体表面より下の内部(バルク)を測定することが可能
ということが挙げられます。このため、関山研では高結合エネルギーを持つ内殻準位の電子を励起することにより固体内部の電子情報を研究しています。
■SPring-8 BL19LXU
関山研ではSPring-8の高輝度硬X線理研ビームラインBL19LXUにて硬X線光電子分光を行っています。BL19LXUの特徴としては
・高輝度ビームラインである
・水平偏光放射
・実験装置の持ち込みが可能
といったことがあります。関山研では上流ハッチで光の単色化、偏光切替を行い、下流でハッチは集光、光電子アナライザーによる光電子分光実験を行っています。

近年、直線偏光依存内殻光電子スペクトルの測定による電子状態研究を関山研究室では精力的に行っており、上流における水平偏光と垂直偏光の切替は実験における重要なポイントになります。 関山研ではダイヤモンド偏光移相子を2枚用いることにより、世界的に見ても高い垂直偏光度を実現しています。

■硬X線光電子分光における固体中の電子状態の研究
<価数揺動物質の価数見積もり>
固体中で元素はイオンの集まりと考えることもできますが、希土類イオンは局在的に振る舞います。希土類元素の電子配置はXe型電子配置に4f電子と価電子として5d, 6s電子を持ちます。希土類元素の電子配置から5d軌道や6s軌道の電子を取り去ると希土類イオンの電子配置になります。希土類イオンの価数は基本的に+3価となりますが、+2価でも安定となる場合もあります。Ybイオンの場合は+3価で4f電子を13個持ちます。4f軌道には最大14個の電子が入ることができるので、Yb3+イオンの電子配置は4fホールを1個持つと考えることもできます。Ybイオンは4fホールが0個(4f電子が14個)となる+2価の状態でも安定となりえます。固体中で希土類イオンが複数の価数を持ち混合原子価となる場合、その平均価数は整数値となりません。他にもEuやSmといった希土類元素が混合原子価を持つことがあります。平均価数が周辺環境によって例えば温度や圧力によって変化する現象を価数揺動と呼びます。
混合原子価をとる物質の平均価数は実験的に求めることが可能です。図にはYb 3d内殻光電子分光による平均価数の決定を紹介します。光電効果により終状態で3d内殻に生成したホールと4f電子が相互作用を起こすことにより、4f電子の情報が3d内殻光電子スペクトルに反映されます。図の下部ではYb3+に由来するスペクトルを青でYb2+に由来するスペクトルを赤で示しています。光電子スペクトルには物質中の電子の状態密度が反映されるため、スペクトルの積分強度の比から価数を求めることができます。価数揺動物質YbB12のT = 20 Kにおける平均価数は図に示すスペクトルから〜2.87であることが判明しました。


<固体中の電子の軌道対称性(異方的電荷分布)の研究>

自由な単一原子イオン中の電荷分布は球対称性を持つのに対し、原子が液体や固体の一部としてイオン化した場合には電荷を持った周りのイオンによる電場を感じることにより球対称からはずれた異方的な電荷分布になります。この異方的電荷分布は物質の有する機能の重要な鍵となることがあり、例えば銅酸化物高温超電導体ではキャリアを形成する軌道が球対称でなく、伝導面に広がり絶縁層ブロックに伸びない平面的な軌道であることが高温超電導現象の基礎となっています。
固体内で動きにくい電子の内殻光電子スペクトルを測定すると、入射する光が水平偏光であるか垂直偏光であるかによって結果が異なることがあり、これを線二色性と呼びます。この内殻光電子スペクトルの線二色性を理論計算と実験結果とを比較することで固体内部の異方的電荷分布を決定することができます。
右図に例として立方対称中のYb3+イオンに対する内殻光電子スペクトル線二色性の計算結果と対応した異方的4f電荷分布および立方対称を持つ化合物YbB12の内殻光電子スペクトル線二色性の実験結果を示します。この実験結果では多重項構造とよばれる複数のピークで小さいが有為な線二色性の観測に成功し、YbB12の低温における4f軌道対称性は<110>方向に電荷分布が伸びるΓ8状態にあることが判明しました。